子供を「行ってらっしゃい」で送り出し、「お帰りなさい」で迎えられること。 その小さな日常の光が、私の毎日をそっと支えていた。 この物語は、その光を守りながら、自分と向き合っていく日々の記録だ。
朝の光が、カーテンの隙間からそっと差し込む。隣で眠っている子供の顔を眺めると、すっと心が静まり、胸の奥がゆっくりと温かくなっていくのを感じる。「朝だよ。おはよう」そう声をかけると、眠そうに目をこすりながら大きく伸びをして、「パパ、抱っこ」と一言。抱っこしながらリビングへ向かうその瞬間、子供のぬくもりが胸に広がり、曖昧だった自分の輪郭が静かに戻ってくるように思えた。
食卓には、妻が用意してくれた温かい味噌汁の香りが漂う。子供は、まだ慣れない手つきで箸を使い、ご飯粒を口に運んでいる。その姿を眺めながら、私は静かにコーヒーを啜る。特別な会話があるわけではない。ただ、そこに家族がいて、それぞれの朝を過ごしている。そのありふれた光景が、私の心をゆっくりと満たしていった。
玄関で、子供が小さな手を振る。「行ってきます」その声に、私は「行ってらっしゃい」と返す。ランドセルを背負った背中が、少しずつ遠ざかっていく。その姿を見送るだけで、胸の奥に小さな灯りがともるようだった。こうした何気ない瞬間の積み重ねが、私の毎日を形づくっていた。この静かな日々を、私はただ大切に守っていきたいと願っていた。
会社に向かう電車の中、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。人々は皆、それぞれの目的地へと向かい、それぞれの日常を生きている。私もまた、その流れの中に身を置いていた。けれど、いつからか、自分に与えられた役割を以前のように受け止めきれなくなっていることに、薄々気づき始めていた。理由はまだわからない。 ただ、胸の奥に小さな影が落ちているような感覚だけが、静かに残っていた。それでも私は、この小さな日常の光を守るために、前を向こうとしていた。
夕方、早く帰れた日には、子供の帰宅に間に合うことがあった。玄関の扉が開く音に気づき、「お帰りなさい」と声をかけると、子供がほっとしたような顔でこちらを見る。その姿を迎えるだけで、胸の奥に静かなぬくもりが広がっていく。ランドセルを下ろす音や、部屋に満ちる笑い声。そうした何気ないひとつひとつが、なぜだか心に深く残った。当時の私はまだ、その理由をうまく言葉にできなかった。ただ、その時間が、自分にとってかけがえのないものなのだということだけは、静かに感じ始めていた。

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