診断を受けてからの数日は、輪郭のないまま過ぎていった。
朝が来て、夜が来る。その繰り返しの中で、私はまだ、何も決められずにいた。
体は動かないのに、頭のどこかでは、いつものように出社する自分を探していた。
明日には戻れるかもしれない。来週には、きっと。
そう思い直すたびに、胸の奥が静かに縮んでいった。
休むという言葉は、どこか“逃げる”という響きと重なって見えた。
ある夜、子供を寝かしつけたあとで、妻が静かに口を開いた。
「少し、休んでもいいんじゃないかな」
責めるでも、急かすでもない声だった。
私はすぐには答えられなかった。
休むことを許されている気がして、それなのに、その許しを受け取るのがどこか怖かった。
「迷惑をかける」
そう言いかけた私に、妻は小さく首を振った。
それ以上は何も言わなかった。
台所には、洗い終えた食器が静かに並んでいた。
その当たり前の風景が、その夜はなぜか深く胸に残った。
休職を決めたのは、それから数日後のことだった。
書類に名前を書きながら、本当にこれでいいのだろうかと何度も思った。
ペンを置いたとき、長いあいだ強張っていた肩から、ほんの少し力が抜けていくのを感じた。
罪悪感と安堵が、同じ場所に静かに並んでいた。
休みに入ってからの時間は、ゆっくりと流れた。
朝、子供が「行ってきます」と手を振る。
私は今度こそ、「行ってらっしゃい」と返すことができた。
会社へ向かう側ではなく、子供を送り出す側に、もう一度立っている。
ただ玄関に立って、その小さな背中を見送る。
それだけのことが、思いのほか長く感じられた。
昼間の家は静かだった。
洗濯物が風に揺れる音。遠くを走る車の気配。
これまで気づかなかった小さな音が、ひとつずつ耳に届いてくる。
何もしていないという後ろめたさは消えなかった。
その静けさの底で、私の体は、少しずつほどけ始めていた。
夕方、ランドセルを背負った子供が帰ってくる。
「お帰りなさい」
そう声をかけられる側ではなく、かける側でいられること。
当たり前のはずだったその時間が、今はやけに眩しく感じられた。
ある日、ふと思った。
これは、逃げているのではないのかもしれない。
止まってしまったのではなく、もう一度進むために、立ち止まることを選んだのだ。
猶予期間。
そう呼べる時間が、自分にも許されているのかもしれない。
答えは、まだ出ていなかった。
ただ、守りたいと願っていたあの小さな日常の光のそばに、
私は今、もう一度、静かに戻ろうとしていた。

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