1. 休職という静かな決断
心療内科を受診した日のことを、今でもよく覚えている。
医師には、飾りのない本音だけを話した。
朝がつらいこと。
会社に向かう足が止まること。
家に帰っても余裕がなく、
小さなことで心が揺れてしまうこと。
医師は静かに話を聞き、
「休んだほうがいいでしょう」と穏やかに言った。
その言葉は、思っていたよりも自然で、
拍子抜けするほどあっけなかった。
診断書を会社に提出すると、
休職の流れは静かに決まっていった。
大きな決断というより、
“今は立ち止まる時期なのだ”と
そっと背中を押されたような感覚だった。
2. 生活を整えながら、心を整えていく
休みに入った日、
家の中はいつも通り散らかっていた。
洗濯物が積まれ、床には子どものものが転がっている。
その光景を見たとき、
胸の奥に小さな重さが落ちた。
妻を尊重しながら、
「これは捨ててもいい?」と一つひとつ確認し、
必要なものと、そうでないものを分けていった。
洗濯は毎日自分がやるようになり、
寝室や書斎といった自分の領域は、
少しずつ整っていった。
片づけるたびに、
自分の中のざわつきが少しだけ静まっていく。
環境を整えることは、
心を整えることとどこかでつながっていた。
3. 小さく始める挑戦:収益源を探す日々
収益源を模索しながら、
同時に生活の環境も整えていく。
そんな日々が続いた。
休職中に収入を生み出せる道を探さなければならない。
けれど、何を始めるべきか、
どの方向に進むべきか、
答えはすぐには見つからなかった。
考えているだけでは何も変わらないことも、
どこかで分かっていた。
小さくてもいいから、
“収益につながる可能性のあること”を
ひとつずつ試していくしかなかった。
最初に選んだのは、地域ブログだった。
特別なスキルがなくても始められて、
初期費用もほとんどかからない。
そして何より、
“今の自分にできること”がそこにあった。
4. 外に出る楽しさと、揺れ続ける焦燥感
外に出る日が自然と増えていった。
初めて訪れる場所は、どこも新鮮だった。
知らない道を歩き、
ふと視界が開けた瞬間に見える景色に、
胸がすっと軽くなることがあった。
小さなパン屋を見つけたり、
古い商店街の奥に静かに佇む喫茶店を見つけたりすると、
「今度は家族を連れてきたいな」
そんな思いが自然と浮かんだ。
けれど、楽しさの裏側には、
静かな焦りもあった。
収益が出るかどうかも分からないまま、
こうして外に出て写真を撮り、
記事の素材を集めていることは、
どこかで“無意味なのではないか”という思いが
胸の奥にじわりと広がることがあった。
帰宅すると、
夜にはすっかり疲れきっていた。
記事を書くのも、SNSを続けるのも、
思っていた以上に体力を使った。
「このまま続けられるのだろうか」
そんな不安が胸に浮かぶ一方で、
続けなければ収益は生まれないという現実も
同じ場所に居座り続けた。
その二つの思いのあいだで、
心は静かに揺れ続けていた。
ブログもSNSも、
1ヶ月続けても収益はゼロだった。
記事のテーマも定まらず、
自分の中にある“誠実さ”と、
ネットの世界に溢れる“派手な情報”とのギャップに
戸惑うことが増えていった。
「誰でも稼げる」「簡単に月収50万」
そんな言葉が画面の向こうで踊っていたが、
どこかで“これは自分の道ではない”と感じていた。
だからこそ、
本屋に足を運び、
ブログの書き方や、
自由な働き方についての本を手に取った。
派手な成功法ではなく、
地に足のついた方法を探したかった。
けれど本を読んでも、
手を動かしてみないと分からないことばかりだった。
現実は、思っていた以上に静かで、
そして厳しかった。
理想への憧れと、
現実の壁。
そのあいだで揺れながら、
私はまだ答えを出せずにいた。
ただひとつだけ確かだったのは、
“このままでは終われない”
という気持ちだけだった。
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